護摩行 -Gomagyo-

護摩行って何だろう

護摩行、この言葉を聞いたことがないという方も多いでしょう。
護摩行というのは密教の修法のひとつです。
密教というのは真言、天台、集検、この三つの宗教を指します。
現世で祈願成就するために祈りをささげるという修行なのですが、この護摩は紀元前2000年ごろからインドで始まったといわれており、平安時代くらいに日本に入ってきたといわれています。

密教系寺院の儀式として行うものですが、実は神社でも行う所があります。
明治以前、神仏習合の時代からその考え方を継続している神社においては護摩を行う事もあります。
護摩というこの名前は、古代インドのサンスクリット語を音訳したもので、homa、ホーマという言葉の意味は焚く、焼くという意味があります。

護摩行で祈願すること

護摩行では宗派、祈りによって目的、祈願する事に違いが出ます。
その目的は4つに分けられます。
一つは自然災害がないように、個人に苦難が訪れないようにと祈る息災法、お金がもうかるように、また幸せになるようにと祈る増益法、善い縁がありますように、また人の繋がり、親睦が深まりますようにという敬愛法、悪魔等悪い物を払い鎮めるための降伏法などがあります。

護摩というのは呪術的で非常に強い祈りをささげて願いをかなえようと行うもので、密教ではその他様々な祈祷があるのですが、寺院の宿坊などで行うものです。
宗派によって護摩行の違いもありますので、その違いを実感されるのもいいでしょう。

護摩行に参加するということ

護摩行、護摩供(ごまく)は、火を利用して行う行です。
炎の神秘を「観」じるという修法で人々の幸せを願い、魔を払い、一切衆生、この世に命を受けたもの、そして仏様のために行うものです。
これを自己の鍛錬として行い、功徳を大きくするという修法なのです。

この護摩行で利用する火は、如来の智火、また己の智火です。
護摩行を行う僧侶だけではなく、一緒に参加される方々も、観じる事が必要です。
観じるというのは、感じる、見るという事ではなく、物事を心の目で見て観じるという事です。
仏様に護摩行を行っている間、必死に祈る、自分の事ばかりではなく家族の事、それ以外の方々も幸せになれるように祈る、心を込めて祈るという事を繰り返すことで、如来の慈悲が届くといわれます。

炎のよって自らの煩悩を焼き、その炎を通じ、怒りの心やさもしい心、迷いの心を解き放ち、心からまっとうに生きていく力を得るのです。
護摩行に参加される方は何度も何度も繰り返し参加される方が多いと聞きます。
人は常に「忘れる」動物なので、強い思い、願い、清い心を忘れないように、護摩行に何度も参加するということも素晴らしい事でしょう。